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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

モチベーションの維持は企業の最重要課題 〜意味の無い仕事をさせるな〜

よくスーパーの入り口なんかに、ペットボトルや牛乳パックの回収箱が設置されていますよね。あれ、お店の単なるパフォーマンスに過ぎないように思うんですが…。

 

寒いやないかぁ!

僕がよく利用するスーパーにも有りますが、最近その箱が屋外に追いやられてしまったのです。これまでは、入り口の自動ドアを入った、買い物カゴが置いてあるスペースの隣にあったのに、外の歩道の脇に移動しました。短時間ではあるものの、寒風吹き荒ぶ中での作業を強いられるのは、ちょっと納得がいきません。

 

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あれって、そもそも何のために置いているんですか?お店と、我々利用者側の視線の違いを見てみました。

 

なんで利用するの?

  1. ゴミ収集日・曜日を気にせず出せる
  2. 「リサイクルに貢献している自分」を認証できる時の満足感
  3. ゴミが減らせる

僕の場合はマンション住まいなので、実は1.はあまり関係ありません。下のゴミ置場にいつ出してもOKです。そうじゃない方にとっては、ありがたいのでは? 3.とも関連しますが、家の中のゴミをその都度どんどん出せるので、スッキリします。決してゴミの総量が減っているわけではないですが、何となくいい気分です。2.も、ズバリ言ってしまえば、自己満足に過ぎないです。

 

なんで設置してるの?

次にお店側の視点で…。

  1. 「リサイクルに取り組んでいます」と発信することで、好印象が得られる
  2. お客さんの来店頻度が上がる

確かに、全く無くはないでしょうが、効果は限定的なのでは?やや訴求力に欠ける気もします。

 

利害が一致するのは?

双方にとってメリットがあると思われる点は、「リサイクル」ですね。

 

環境保全の面からも、当たり前になってきた「リサイクル」ですが、本当にこんなことで環境が保全されるんでしょうか?

 

実は、分別収集に意味はないと思っています 

最近元気が無くなってきた気がする武田邦彦先生ですが、一時は大変注目されました。

 

 

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)

 

 

この武田先生が仰っていることこそ「ウソ」だ、と言う方は多いですが、例えばペットボトルを完全リサイクルするのと、焼却処分するのとどちらが環境に良いかなんて、どれほど詳細に数的根拠をもって説明されても、それを理解判断し、その自身の判断に確信を持てる人が、どれほどおられますか?

 

そんなものに白黒つけられる人は居ないはずです。実証は困難でしょう。ただ、そうすることが本当に環境に良いし、レアメタルとかレアアースとかありますが、それらを回収することに意味があることが歴然としているなら、例えば補助金を出してでも法的に縛って制度化するとかする以前に、自然発生的にそんな仕組みが出来上がっても不思議ではないはずです。 テレビや冷蔵庫の回収はそんな例の一つでしょうし、携帯電話についてもそうです。しかし、それ以外にはあまり無さそうです。

 

あまり、そういうのが出来上がったという話を聞かないのは、ほとんどの場合、「効果は薄そうだけれど、まぁやってみるか」くらいでズルズルとなっている、ってことなんだろうと僕は感じています。

 

モチベーションが下がるだけじゃないか!

冒頭で書いたスーパー店頭のリサイクルボックスの場合、お店側が本当にこの仕事に社会貢献の一つだという意味を見出せているのなら、それをわざわざ持ってきてくれたお客さんに対して、こんな扱いをしてはいけません。これはつまり、大した意味はないけれどやっておくか…、という気持ちの表れであり、もっと言ってしまえば、面倒臭いからあまり持って来てもらっては困る、と思っているのでは?と勘ぐりたくもなります。

 

これでは、その業務を実際に行っている店員さんのモチベーションが下がらないわけがありません。意味が感じられない仕事をしている自分に、自尊心だの自己肯定感だのを求めるのは酷です。

 

最近は、コンビニの前に置いてあるゴミ箱を撤去して、それを店内に移動する例を、しばしば見掛けるようにもなりました。

 

表向きには防犯上の理由とかあるんでしょうが、あれも明らかに家庭ゴミを持ち込んで欲しくないという思いがありありです。余計な業務は増やしたくないでしょう。しかし、例えばローソンが「町のほっとステーション」と謳っているように、地域に根ざした憩いスポットを目指すなら、ここはひとつ目をつぶって、「どうぞ家庭ゴミも持って来て下さい」という姿勢を示しても、僕はいいと思っています。わざわざ言う必要もないんですが…。

 

「差別化」ってよく言いますけど…

 これだけ情報が行き交いサービスが向上しきった世界で、その仕事の「商品」の質に、はっきりとした差が出てしまうとは考えづらいです。A社もB社もギリギリのところでしのぎを削っているので、その部分だけでの差別化はますます出来にくくなっています。

 

しかし、そこで働く人の、お客さんへの声掛けにどこか温かみを感じるとか、そういった些細なことの積み重ねが、それこそ差別化につながるはずで、その裏打ちとなるものはと言えば、紛れもなくそれぞれのやる気、モチベーションの高さにあると思います。

 

モチベーションを掻き立てられるほどの意味を感じない仕事がもしあるのなら、いっそ止めてしまった方が好循環を生むように感じるわけですが、どうでしょう。