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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

ブログを継続するのに大切なこと 〜自分以上に面白いものにはならない〜

このブログが、開設2周年を迎えた。これに寄せて、もっと強力なブログにしていくための、決意表明をしておきたい。

 

 

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つまらないブログ

これほどまでに個人的なメディアが、その人自身の色合いを、濃密に表出していないはずがない。

 

ブログを始めてみようという思いのキッカケとなった、立花岳志さんのセミナーでも仰っていたが、「そのブログがつまらないとしたら、それを書いている人の人生がつまらない」のだ。

 

 影響力を大きくして、たくさんの方に読んでもらおうとするなら、地道に継続することが何よりも大切だろう。ただ、何の変哲もない他人であるオジさんの日常を、毎日せっせと読んでいる人がいたとするなら、それはかなり奇特だ。

 

自身の人生をブラッシュアップして、希少性の高い人に変わっていく必要がある。それが自分の〝ブランド力〟を引き上げるし、もちろん継続のモチベーションにもなる。

 

 

ブログは自分を表現する場

例えば、「〇〇さんが、こう言っていました」というのを、わざわざ自分のブログで発表してあげる必要はない。

 

大切なのは、自分がどう言ったか、自分がどう行動したか、自分がどう感じたかであって、それを自分の言葉で伝えることだ。

 

人が言うことを耳にすると、あたかも最初から自分もそう感じていたかのように思ってしまうことがある。他人の思いを伝えるのに、自分の口を貸してあげるだけの結果になりかねない。もしそうしたら、その時の自分は、他人がイメージする自分そのもので、一切の驚きも含まない。感動も驚きもないなら、当然あっという間に忘れ去られ、存在そのものが一瞬で失せるだろう。

 

周りの人の目というフィルターを通した自分を、そのまま表現するのではなく、他人に映らない自分を出さなければ…。

 

しかし、そんなに難しいものではないはずだ。僕を含めて誰もが、もう既に、他人とは比較のしようがない程に「特別」な存在なのだ。

 

角張って、飛び抜けたままの自分を思い出してみるだけでいい。丸く削られた後の、最大公約数的な自分ではなく、反発を食らいそうなくらいのありのままの自分は、もうそれだけで十分に魅力的に違いないのだ。

 

言い換えるなら、邪念が入り込む隙間をも与えず、さっさと閃めきのみで行動した方が、絶対に面白い。ココロまでも、どれほど健全に変わっていくのか、知れたもんじゃない。メチャメチャ楽しいじゃないか。

 

 

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ブログの向こうの読者をより意識する

当然だが、半分自己満足のようなブログとはいえ、読者をより意識した作りに変えた方がいい。

 

自分のメッセージが、他人の行動に影響を与えるとしたら、それはとても嬉しい。もちろん、プラスの感情を増幅するものであることが大切だが、自分の発信力が「役に立った」と感じられる時、それは、世の中に幸せをもたらすのに一役買った、ということだ。

 

 

ブログ人生継続宣言

2年間で400オーバーの記事数は、少ない。本当はもっと数を重ねたかったので、不満だ。しかし、更新が滞り気味になったことがあった割には、「もう止めよう」と思ったことは一度もなかった。少しずつではあるものの、常に変化が感じられたからだろう。

 

試行錯誤しながら、とにかく少しでも前へ進む。立派な人生訓じゃないか。それでいい。

 

やがて、マイペースが加速度的にクルクル回り始めるのだ。継続の先にその瞬間が訪れるのは、偶然でも運でもない。必然なのだ。

 

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