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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

意味の無い飲み会に出続ける意味は無い 〜目指す感情を得られるかどうか〜

宴会が楽しくない

新入社員の歓迎会なんだから、こっちは喜んで参加させていただく立場なわけで、若い彼らと仕事を離れた場で触れ合えることは、刺激にもなるしとても楽しみなイベントのひとつです。
 
だいたい僕なんかとは、ふた回り以上離れているような人たちなので、年代的にも違い過ぎて、個人的に仲良くなりたいとかそんな邪心は皆無です。だからこそ、その人となりを認め、ココロの内を晒しあうことは、健全に機能する組織を構築するために、重要な作業であると考えてます。
 
だから、しっかりと語りあうことを期待するわけです。たとえ、オジさんに話すことなんかない!と思われたとしても、こちらから閉ざすことなど考えられません。それなりに〝ネタ〟も仕込んでいったりするわけです。当然です。
 
ところが、新人君たちの話もそこそこに、そんな場で日頃の不満を部下にぶつけたりする輩も登場するから、ややこしいのです。
 
「業績が伸びないのは、君たちが悪い!」と言わんばかり、というか、ほぼハッキリと言ってます。飲んで、酔っ払いの風情そのままで…。
 
これを「楽しい飲み会」だと感じる人がいるとは思えないし、思えないのなら意味がないから止めてしまえばいい。毎日顔を合わせる人たちと、たまに酒の席について、それが楽しくないとしたら、日頃からそんな空気感がきっと漂っているはずで、業績を云々する前に、そっちに危機感を持つべきだ。
 

もうやめよう

付き合いが悪いと思われるのはイヤだし、一所懸命準備してくれた人にも申し訳ないから、こういうのには極力参加する方です。

 

でも、もうやめます。ホントに参加したいと思わないのだから、義理で顔を出しても得るものは殆ど無いでしょう。話したい人が居れば、直接声を掛ければ良い。酒が入る必要なんて全く無い。

 

普段の普通の昼休みに、オジさんが急に語り出しても別にいいだろう。周りも2,3回もすればきっと慣れる。

 

「宴会不要論。」

 

しっかりと有意義な場として成立している職場も、もちろん多いでしょう。でも、うちの職場に限っては、意味な〜し!終わり。

 

君は人生をかけて何を実現したい?

ベタですけど、将来の夢は?とか、人生の目標は?とか、口に出してみたり、書いてみたりするのは大切なことです。そうすることで実現度が上がるし、ココロがピュアになって研ぎ澄まされます。自己啓発系のセミナーとかに行けば、初対面の人の前で高らかに宣言させられたりしますが、悪い気はしません。むしろ、それだけでグッとやる気がUPしたようで、嬉しいです。

 

けれど、そんなマインドを持たない人種も当然存在するわけで、例えば純粋の主婦層はテレビで見るワイドショーが「世界」であって、それ以上は無いのかも知れないです。無い人には、肩書きや見た目がまず大切でしょう。それさえあれば内容が乏しくても、見抜かれにくいです。

 

人間には、少しでも良くなろうとする本能があるので、自分や周りの環境をどうマネージメントしていくのかというのは、とても大切な課題であるはずなのです。心理学やらのサイエンスを駆使しつつ、勉強ももちろん重ねていかなければなりません。現役時代の実績を引っさげて監督の椅子に踏ん反り返っても、本質を見抜く選手たちの前では意味を成さないでしょう。名監督になど成り得ません。主婦向けのワイドショーみたいな話をしていてはダメなのです。

 

もういいか。分からん人には、いくら言っても分からんのです。

 

飲み込まれるもんか

うちの奥さんは、週末なのに小さい子供の世話をほっぽり出して宴会に出て行く僕を、完全に腑に落ちているわけではないにせよ、気持ち良く送り出してくれます。

 

それなのに、「行かんかったら良かった…」と憮然として帰って来た日には、そりゃあ怒りたくもなるでしょう。

 

時間が経った今なら、僕もやや冷静になっていますが、「何やねん!」と言い合いになったりもする訳です。

 

どないしてくれんネン!

 

宴会が締まらんかったら、家庭生活にまで悪影響が出ます。気を付けましょう。