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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

小豆島高校の選手宣誓を聞いたら、日頃の感謝を伝えるための手っ取り早い方法に気付いた 

甲子園の開会式で入場行進が行われるようになったのは、第3回の夏の大会。大正6年のことだそうです。「甲子園の」と書きましたが、この頃まだ甲子園球場はありません。今はもちろんもう無いですが、鳴尾球場という、競馬場の馬場内に仮設スタンドを建てて作った球場が舞台でした。オリンピックの入場行進を参考に行われたという開会式は、当時どのような雰囲気だったのでしょう。想像すら出来ません。

 

早起きして行きました 

 開会式をライブで見たのは、多分40年ぶりくらいです。甲子園には数え切れないくらい行っていますが、特に開会式だけはしっかり見なきゃ、という思い入れもないので、テレビ観戦で十分かと…。でも、今年は違います。

 

小豆島高校野球部の晴れ舞台。しかも、キャプテン樋本君の選手宣誓もあり。これは飛んで行かなくては!知ってる子じゃないですが、そんなの関係ないです。

 

春のセンバツは、シーズンの幕開けを告げる大会なので、いつもどこか華やかなワクワク感を伴います。明け方は寒いので、早朝から押し寄せる観客の皆さんも大変ですが、そんなもの、期待感が大きく上回ってますよ〜!って顔をされた方が多いです。それにしても、今年は多すぎませんか?って感じでした。

 

初日の開門7時の直前、6時半頃に着いたと思います。当日券売り場の前の広場は、国道43号線の高架下ですが、その場所はすでに人の列で埋め尽くされていました。その列は、道を挟んで甲子園駅の改札口方向に伸びていて、最後尾がどこなのかよく分からない状況になっています。連休中の日曜日ということもあるでしょうが、驚きでした。

 

形も大切だということが分かってきます

こんなこと、言っちゃっても良いのかどうか。そもそも開会式なんて意味あります?選手は長時間ずっ〜と立たされたままで、お偉方のお話を聞いてます。文部科学大臣副大臣か知らないですが、きっと事務方が用意したであろう文章を、ただ読まれてもねぇ…。出張手当なんぼ出るんやろか?とか、いらん事ばかり考えてしまいます。
 
でも、厳粛で荘厳な緊張感というか、そんな空気感こそがとても大切なものである気もします。あそこでこんな事したよなぁ…、という記憶は意外に薄れていきやすいですが、ピリッと張りつめたその時の感覚は結構残るものです。
 
だから、キャプテンミーティングみたいなものを開会式の代わりにしても、実質的にはその方が良いくらいだと思いますが、形にこだわるのも大切かなぁって、この歳になると感じます。
 
それに、親御さんや関係者にとっては、やはりかしこまった場で祝福してあげたい気持ちが強いはずです。僕は結婚するのが遅かったので、本音は結婚式なんか、してもしなくてもどちらでも良かったですが、親に見てもらわないと申し訳ない、という気持ちで結局しました。それと同じです。式典なんてものは、そんなもんでいいのでは?
 
 

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当たり前にある日常の有難さ

「当たり前にある日常の有難さを胸に、僕たちはグラウンドに立ちます。そして、支えて下さる方々を笑顔に出来るよう、気迫を前面に出し…」

 

最高でした。涙が止まらなくなりました。

 

そうか、日常の感謝を誰かに伝えようとするなら、日常ではない場があった方がいい。そやね、普段は言えないことが言えたりします。

 

なるほど、格式ばった式典には、そんな効果もあったかぁ…。カッコつけてるだけ、ってこともない訳やぁ。

 

しょっちゅう結婚式ばかりしている訳にはいきませんが、たまには、ちょっと背伸びしたレストランなんかに行く意味もありそうです。