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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

自分は偉い、と錯覚してしまう人たち 〜謙虚さの裏にこそ潜む伸びしろ〜

同じことを言っても、信用度が違う

信頼関係って、結局は人としての自分がしっかり高評価を得られているか?ってことの上にしか存在しえない。


そして、その高評価は自身の実績や社会的な名誉・地位の有る無しにいとも簡単に翻弄される。

 

実績や地位は確かにその人が築き上げたものだから、それ自体どうこう言うつもりはない。でも、そこに至る過程で人は必ず他者の力を借りている。

 

これまでに社会が培ってきた通念や、自分が属するカテゴリーが有する政治力とか、望まざるともいつの間にか背中を押してくれていたものは、意外に多い。

 

例えば僕は医療系の仕事をしているが、立場上ろくに面識もない人から「先生」と呼ばれる事がままある。さらに、本能的に「先生」には媚びた方が良い、と思っている人たちも確実に存在する。

 

この業界の人たちに対する先入観が、そういった態度をとらせるのだろうと想像できるが、それを勘違いして自分個人を慕ってくれていると感じる手合いもいるので、話はややこしい。

 

自分とは直接関与しない部分を理由に、最初からオープンハートの度が過ぎたり、敵対心丸出しで挑んで来られたりしても困る。どちらのケースも、その上に信頼感など醸しだされていく可能性は低い。


 仲間の力を結集したい

自分に出来ることを コツコツと泥臭く積み重ねていくこと、それこそが唯一自分に課せられた使命と捉えることが出来るか。


付け加えるなら、本物を見抜く目を養えるかどうか。自分が本物を目指すとき、あてなく彷徨うことのないよう、本物を感じ続けないといけない。