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僕の魂が海を渡って行ったり来たりする物語

小豆島から大阪へ流れ着きました

甲子園は鍛錬の成果を示す場所、それ以上の意味はありません

夢の世界に手が届く日は来るか?

今夏も、小豆島の2高校(小豆島・土庄)の大会は終わってしまいました。決してレベルは低くないと思っていますが、一公立高校にとって、そのハードルの高さは、やはり相当なもんであることを認めない訳にはいきません。

 

生きてる間に一回は見てみたい、島からの甲子園出場。

 

普通のことやってたんじゃぁ、可能性は限りなく低い

本気で困難に立ち向かおうとするあまり、時に過剰な事態を引き起こすこともあります。

 

忘れた頃にまた繰り返される、「野球留学」問題とか…。

 

今年は夏の大会100周年だそうで、問題提起のタイミングとしては千載一遇とも言えます。

 

朝練やって、授業もそこそこに午後練突入、夜遅くにやっと終わったと思ったら、洗濯して掃除して、先輩のパシリもして。勉強なんか出来るわけないですね。強豪校なら寮住まい、ってケースもあるので、逃げ出すこともほぼ不可能でしょう。

 

高校野球には、野球部に3年間しか在籍できないというルールがあります。また、転校した場合には、1年間は試合に出られないというルールもあります。いずれも、留年してでも良い成績を残したい、転校してでもチャンスを得たい、という思いに対する歯止めとして、古くから定められたものです。自然発生的にそう思う人も多いからこそのルールです。

 

今年の大阪大会で、全国的にも屈指の強豪である大阪桐蔭高校を破ったことで脚光を浴びた、大阪偕星学園の山本監督は、「東大や京大を目指す子が勉強に費やす時間くらいは練習している」と仰っています。多い日で12時間くらいに及ぶこともあるようです。

 

これらの例に必ず付いて出てくるのが、学生の本分を逸脱しているという批判意見。でも、人並み以上の結果を残すためには、それなりの試練が待ち受けているのも当然のこと。

 

野球は日本史上、スポーツではなく武道です

例えば浅田真央さんは、幼少の頃から家族あげてのスケート漬け生活を送られたから、ああなったのだし、錦織圭がアメリカ行きを決意したのも同じこと。これらは、どちらかというと美談として賞賛されるのに、野球部員が甲子園を目指す話になった途端に、野球留学は卑怯だとか、地元の公立高校への肩入れが過ぎるんじゃないかと思われる空気に覆われたりするのは、どうも僕的には納得しかねます。

 

この人普通の顔してるくせにスゴイじゃん、って人めざしてます

おじさんがこの歳になって強く思うのは、何事も突き抜けていた方が面白いということです。

 

大変厳しい言い方になりますが、3年間1度もベンチに入れずに補欠ばかりだった子は、3年間やり通したという貴い価値は残るものの、野球選手としての実績を何一つ残せなかったという意味で、無駄な時間を過ごしてしまったとも言えます。

 

そんなことで終わりたくないと思うのであれば、何か突き抜けたスキルが必要かも知れないし、考えうるありとあらゆる方策で挑むのは当然のことです。

 

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この夏もきっといっぱい泣いてしまいます

甲子園大好きです。頑張って栄光を手にした子供たちに、精一杯の拍手を送りたいといつも思いながら観戦しているので、この時期は毎年涙腺ゆるゆるです。

 

でも、所詮そこはまだ高校生たちのすること。大人がしっかりと導いてあげることが最優先であって、一部に見られる、商売のタネとして子供たちを利用するような向きには、断固阻止の姿勢を示さないといけません。